シナジーカンパニーとの15年 感動、感謝、そしてこれからも・・・

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vol.67

シナジーカンパニーとの15年  感動、感謝、そしてこれからも・・・



【第八部 シナジーカンパニーの変革− .瀬縫┘襪療仂譟

今回からは、この15年間で米国のシナジーカンパニーはどう変わったのか、そして私たちシナジーカンパニージャパンは何を求められてきたのか・・・それを皆さんとシェアーしてみたいと思う。少し長い話しになることが予想されるので、3回に分けて掲載する予定だ。まずは米国でどんな変化があったのか。
それがいつ始まったのか明確には記憶に無いが、2010年頃には、創業者で社長のミッチェルに代わり、外部から入社したダニエルに経営を任せる、という話は出ていたと思う。それは同時に会社の方向性や規模を変えていく、つまり大きくしていく、ということも意味していた。

ダニエルはミッチェルより4,5歳若い、経験豊かなコンサルタントだった。アメリカでは普通のことらしいが、メールで直接、自分を使ってくれないかと売り込んできたという。人を簡単には信用しないミッチェルらしく、本当に少しずつ少しずつ彼をなかに招き入れ、ときには私たちにダニエルをどう思うかと尋ねたり、難しい要求をクリアさせたりして、納得いくまで彼を試していた。2年間、外部コンサルタントとしてシナジーカンパニーの経営アドバイザーをつとめてきた彼はその後、副社長となり、ついにはCEOとなった。

彼の経歴も実際に経験してきたことも申し分なかった。名門のコロンビア大学を主席で卒業し、自分でオーガニックウェアの企画・開発をする会社を起業した。GAPやパタゴニアなどの有名所にも卸していたと言うが、ダニエルは彼らのことを「ギャングよりも非情」と評していた(笑)。よほどひどい仕打ちにあったのだろう。元ファッションモデルの中国系アメリカ人の妻と20歳を超える息子が二人いるが、どちらも生後間もなく引き取った養子くんたちだ。彼らはもちろんそのことを知っており、両親に感謝し、家族を愛している。当時はニューヨークのセントラールパーク近くの築100年を超えるマンションに住んでおり、現在はロハス発祥の地と言われるボールダーに自宅と新オフィスを構え、月の半分はモアブの本社に移動する。
彼の面白いところは、セサミストリートのキャラクターのようなその風貌・・・ではなくて(そこも愛すべきところだが)、チベット仏教などにも精通し、精神世界を大切にしているところだ。前回の訪問時には、若松と私に、手のひらサイズの水晶を手渡し、川や湖などに沈めて水を浄化するように勧めた。学生時代には、当時チベットとの関係に神経をとがらせていたアメリカのFBIから、要注意人物としてマークされていたことがある、というなかなかの大物だ。彼にはミッチェルとの共通点がいくつもあった。精神性を重んじるところや実子以外を大切に育ててきたこと(ミッチェルの二人の子供たちも実子ではない)、インテリで論理的、誠実で家族想い、それに本当によく仕事をする。変わり者同士・・・でもある。

当初、私たちはまさかミッチェルがダニエルに会社をゆだねることになるとは想像していなかった。けれどもそれは必然であり、やらねばならない変革だったのだと思う。



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